ローマのイェシュア(イエス)の軌跡
ローマには教会や大聖堂があちこちにあるので、宗教的な観点からすれば、あらゆるところにイェシュアゆかりの建物が林立すると言っていいのかもしれません。しかし、僕はキリスト教徒ではなく、カトリックの総本山に指定された大聖堂だとか、そういう定義には全然興味がありませんで(って言うと、実際にカトリックの世界に深く足を踏み入れていた中世の過去生たちが紫色のリボンとなって僕の頭の左奥でクルクル回り出すのですが…)、イェシュアに深く関係ある展示品が存在するところと絞り込むと、そんなに目的地は多くはないんですよね。ですので、これらを半日で一気に回ることが全然可能なんですよ。
先述のように早朝にバチカンのサンピエトロ大聖堂の聖ヘレナ像でエネルギーをもらった後は、大聖堂を出て北上し地下鉄の最寄駅であるオッタビアーノ駅に向かいます。そこからAラインに乗って、AラインからBラインへの乗り換え駅であるテルミニ駅へ向かいます。駅を出たら通りをひたすら早歩きして、いくつか角を曲がると、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂の裏手に辿り着きます。サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂では、ちょっと階段を下りた空間に、イェシュアの誕生時に使われたとされる揺り籠が祀られています。その真偽は知りませんが、何とも優しいホワホワ〜っとしたエネルギーを感じることができます。ここで僕は45分くらい瞑想しました。
サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂を出ると目前にメルラーナ通りが広がります。そのすぐ近所の横丁の奥まった所にサンタ・プラッセーデ教会があります。こじんまりとして薄暗いドヨヨーン系の教会ですが、ここにはイェシュアが磔にされた十字架の礎の一部とされるものが展示されています。それを見ながら瞑想するには、あまりに狭くドス暗い空間に置かれていて、座る椅子も何もないので、展示ケースの向こう側の隠れた空間で壁にもたれながら軽く目を瞑って、エネルギーを感じることになります。ちなみに、ここでも結構長い時間瞑想しましたが、さほど強いエネルギーを感じませんでした。
ここを出て再びメルラーナ通りに戻ったら、近くのカフェでクロワッサンとカプチーノあたりを買って、食べながら(「やっと、朝食でごわす〜!」)この「ローマの表参道」(僕の勝手な命名)のメルラーナ通りをひたすら直進します。やがて滑らかな上り坂になり、上り切った突き当たりの空間に、サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂の大きな敷地が見えます。大聖堂の一般の人の入り口は左にぐるーっと回った向こう側にあるのですが、それを知らずに僕みたいに、裏口で「入り口どこでっか?」と探してウロウロ歩き回ったりすると、「お主、ここで何しとんねん?」と警備員に声をかけられて叱られてしまうので要注意です(笑)。
サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂には、最後の晩餐で使われたテーブルの一部とされるものが祀られています。ここでのエネルギーもさほど強いものは感じませんでしたが、結構中が広いので、早歩きした後の一休みも兼ねて、軽い瞑想をするのに最適な場所です。正直、「こんなに広いんだから、中にカフェでも置いてくれたらいいのに」って感じでした。
このサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂から、通りを挟んで向こう側に小さな見世物小屋みたいな建物があります。これが知る人ぞ知るスカラ・サンタです。イェシュアが審判のために上った階段とされていて、下から膝をついた状態で上って行くのが慣例のようで、信仰心の強い人は一段一段十字を切ってゆっくりたっぷり祈りながら順々に上ってゆくようです。僕みたいなアンポンタンには、宗教的な意味での敬虔な信仰心はなく、しかもすでにイェシュアが左肩にいて「いいから、さっさ行きな」って後押ししてくれていたので、膝をつきながらも絶妙に斜めに移動したりして人々を巧みなテクニックで追い抜きながら、あっという間に上までたどり着いたのでした。
ここから通りをさらに進んで、地下鉄の駅のある交差点もさらに越えて住宅街の並木道に入ってゆくと、ちょっと落ち着いた奥まった場所にサンタ・クローチェ・イン・ジェルサレンメ聖堂が見えてきます。全体的な印象として、結構薄暗いボヨヨーンとした雰囲気の聖堂で、左奥の仄暗い通路を抜けてちょっと上った向こうの小部屋に、イェシュアが磔にされた十字架の一部とされるものが祀られています。僕はここはなんか好きでした、結構心地よい薄黄色のキンキン音が鳴り響いていて、僕はここで二日連続、1時間以上瞑想していました。まさに、イニシエーションをもらったって感じられるようなシャープなエネルギーが降ってきてました。
イェシュアに直接関連のある展示物のある場所は基本このくらいだったと思います。ローマでは、もちろんこれ以外も巡りましたが、殊に、ユーモアたっぷりな聖パオロに救ってもらった話や、マグダラのマリアのエネルギーに導かれてローマに始まり、南フランスで完結した旅路の部分はまた別記します。また、ヨーロッパにある聖母マリアのヒーラー・ポータル(二ヶ所)へも誘われましたので、その辺りもいずれ書かせていただきます。