モンセラートのブラック・マリア
(聖母マリアのヒーラー・ポータル・最終章)
昔、「あしたのジョー」というアニメで、ボコボコに殴られまくったジョーが、その苦悶をある瞬間に超越して、なぜか妙な恍惚の表情を浮かべるシーンがありました。マルタ島からローマに飛んでから、原因不明のインフルエンザ様症状にずっと苦しめられ、発熱と全身の怠さを引き摺りながら、ローマ、アッシジ、サント・ボームそしてルルドと巡ってきて、次第に精神がそんなボロボロの状態に慣れてきたんでしょうか。ルルドから再びパリ経由で飛び、スペインのバルセロナ空港に到着した頃には、不思議な禅的落ち着きと妙な恍惚感がありました。多分熱はずっと38度ぐらいあったんだと思うのですが、変温動物のようにそれに慣れてしまったというか、全身が鉛のように重だるいのが普通になってしまったというか、なんか超越した境地でスペイン入りしました。
夜のバルセロナは生暖かくて、贅沢な湿度があって、人がたくさんいて、冬枯れの寂しいルルドを訪れたあとだったからか、なんかホッとするものがありました。予め手配しておいたリムジンサービスのお兄さんが空港の出口で迎えてくれ、一路、モンセラート(「鋸山」)へ向かいました。ここも、本当はレンタカーで行こうかな、とか考えてはいたんです。ところが、崖っぷちの道路は細くうねうねしていて、夜は街灯も乏しくてほぼ真っ暗で、一歩間違ったら崖下に真っ逆さまな危険な状態でした。つくづくリムジンサービスにしてよかったって思いました。
モンセラートは、山の頂に悠然と聳える大聖堂とそれに続く元修道院的な建物からなり、例によって、その元修道院的な建物の一部が今はホテルとして利用できます。到着時は真っ暗で全然どこがどこだかわからない状態で、ま、とにかくチェックインして、早々に眠りにつきました。
翌日は、早々に目を覚まし、まずは隣接する大聖堂に向かってみました。誰もいなくて真っ暗かと思っていたら、すでにおじさんたちが何かを唄っていて(朝のお勤め?)、いきなり驚かされました。
ここには、裏手の最上階の、大聖堂を見下ろす位置に、イェシュアを抱いた黒い聖母マリア像があるんです。そのブラック・マリア像が持っている球に触れるとなんか幸運が訪れるみたいなよくある噂があり、ピーク時には、長い行列ができるそうです。僕の場合は、早朝でしかもオフシーズンなため、下で祈ってる数人の人々以外誰もいず、そんな人々を見下ろしながら、20分くらいブラック・マリア像を独り占めしていました。
このあと、一旦部屋に戻りました。さあ、いおいよ最終目的地のサンタ・コヴァです。ルルドのロザリオ大聖堂に続き、聖母マリアがヒーラーにイニシエーションを与えてくれるポータル訪問の連続技です。チェックイン時に、サンタ・コヴァへの行き方を尋ねたのですが、「サンタ・コヴァが開くのは朝の11時ね。今はフニクラが故障中だけど、その駅を越えたところから崖下に降りてゆく道があるから、あとは道なりに行くとそのうちに着くわよ。」と情報を得ました。「フニクラって、なんずら?」って尋ねると、なんかケーブルカーだかロープウェイだかみたいなもので、サンタ・コヴァへの道の途中まで連れってくれるものだそうです。僕のこの旅路が楽なものにはならないことはもう最初から承知済みなので、「故障中、上等じゃん」っていう気持ちでした。しかし、さあ、いざ歩いて行ってみよう、と思い、部屋を出てホテルのフロントに下りてゆくと、外は「えっ、台風?」と思ってしまう暴風雨で、つくづく「イェシュア、何もここまで苦難な道にしなくてもよくないっすか?」と苦笑いしました。でも、すぐに「暴風雨?上等じゃん」と持ち直し、着れるものを全て着込んで、勇み足で出かけました。
不思議なことに、歩き始めた途端に、暴風雨は、にわか雨程度になり、風も傘が裏返らない程度に収まってきました。空はすっかり朝になっていて、ようやくモンセラートの全貌が見えてきました。まずは、道なりに石段や小道を下りていって、フニクラの駅のあるところまで向かいました。
フニクラの駅らしき建物の前を過ぎると、崖っぷちを下りて行く山道を見つけました。ここをズンズン進んで下りてゆくと風がどんどん強くなり、「あれ、これもしかして『メリーポピンズ』みたいに、崖の向こうに傘ごと飛ばされちゃったらどうしよう?」と本気で心配するほどになってきました。
そんな恐怖に駆られながらも、とにかく足だけは止めずにどんどん進んでゆくと、次第に上にさっきまでいたモンセラートの建物を見上げるところまできました。雨はほとんど止んで、風もなぜかほとんど微風になってきました。とにかく、歩き続けるのみです。
やがて、尾根の向こうに、サンタ・コヴァが見えてきました。あそこだ!
そんなこんなでサンタ・コヴァに到着したのは、10時45分ぐらいで、まだ門が閉まっていました。20分くらいすると係のお爺さんが到着して、門を開けてくれました。
中に入ってみると、なんかこじんまりした薄暗いチャペル的な造りでした。なぜか、ここにもブラック・マリア像があるんですよね。ま、そんなことよりも、すでに、キーンとイニシエーションが始まっていたので、急いで座って瞑想を始めました。例によって、冷蔵庫のように寒く、ここも洞窟の中なので、冷たい水が滴り落ちてくる状態で、瞑想というよりは、また再び仮死状態でした。どこかに飛んでしまったような意識状態で、何が起こったのかほぼ記憶に残っていません。元々オフシーズンであり、こんな乱暴な天候であることもあり、僕以外に観光客は誰も来なかったようで(来たのかな?)、結局一人でポツンと5時間ぐらい佇んでいたと思います。
その夜は、ホテルのレストランで夕食をいただきました。ドーム状の石でできた壁や天井で、ちょっと雰囲気があるレストランです。ここには、クレーム・ブリュレに似た感じのカスタード系のデザートがあって、結構美味しくて、大喜びでした。
当初は、マルタ島でのワークショップと、あとはカジュアルなイタリア観光みたいな予定であったおしゃれ旅が、蓋を開けてみると、イェシュアと聖母マリアに導かれて、試練を超えてイタリアからフランスそしてスペインへと種々のポータルを巡って、イニシエーションを受け取る巡礼の旅となっていました。基本的に旅行で贅沢はしない主義なのですが、こうしてデザートを食べながら今回の旅を振り返っていると、一気に身体の疲れが噴き出してきました。結局、超人的に頑張った自分へのご褒美として、帰りはビジネスクラスに変更しました。お疲れさん!
過酷な二週間の巡礼の旅でしたが、今思うと、「もう死ぬほどツラくて壊れちゃいそう」ってときには、いつも中島みゆきさんの「India Goose」を口ずさんで、とにかく一歩、またもう一歩と前進しづづけていました。気づくと、この旅のテーマソングになっていました。みゆきさん、ありがとうございました。